ベランダ料理はミズナにシシトウ

今年度は区民農園の抽選に外れ、仕方がないので猫の額程のベランダ菜園で野菜作りを楽しんでおります。

夏から秋にかけては、ミズナとシシトウが収穫できたので、またまたおやじの我流料理で怪しげな作品を調理し一献いただいておりました。

ミズナの栽培&調理
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いつものホームセンターで2鉢購入です。一応早生千筋京水菜。9月の初め植付、特に何もせず、夏の水枯れに注意していただけ

▼②→生育.jpg
約ひと月後には格好な量に繁茂

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収穫して株分けしたら4株になりました。これで今季のミズナは終了です。

▼④→サラダ.jpg
まずは定番のサラダ菜。予想外に柔らかく生育していました。

▼⑤→ラーメン (2).jpg
他にはラーメンの具材に。野菜たっぷりのつもりでも、わずかなものですね。リタイア後は昼間麺類で軽く済ませるようになってしまいました。


シシトウの栽培&調理
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これもいつものホームセンターで2鉢購入です。大きいのが無かったので小さなプランターに4月の中旬に植付です

▼⑦→生長結実.jpg
これも粒状固形肥料に水切れが無いように留意です

▼⑧→収穫.jpg
 次々に実をつけ、夏の間はちょこちょことお世話になっていました。

▼⑨→ラーメン.jpg
             △シシトウラーメン
軽く炒めて火を通しラーメンの具材です。ミズナと一緒に青物たっぷりラーメンをいただきました。

▼⑩→おでん (1).jpg
            △おでん
面倒なときはいつも煮込んでしまします、ベランダ茄子も硬いのでおでんに入れてみました。煮込むと色が無くなりますね。シシトウは炒めて後で付け合わせにした方が色がきれいですし、食用もわきますね。

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             △煮込み

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天然ぶり(わらさ)の煮つけに添えてみました。

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ベランダ茄子とシシトウで麻婆茄子。味付けは既成の調味料でした。

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蒸かしたインカのめざめの付け合わせ。インカの目覚めは👀ベランダ菜園の産物ですよ。

そんなことでおやじ料理は一献のつまみばかりになってしまいました。やはり畑で土地を耕して収穫すれば、喜びはひとしおと思われます。

シシトウはまだまだ今でも実をつけていますが、徐々に小ぶりで赤いものが多く混じるようになりそろそろ撤収ですかね。感染者激減で規制も解除されるようですので、撤収後はゆっくりとホームセンターで冬野菜の品定めですかね。

最下位転落で茨城アンテナショップに支援の買出し

都道府県魅力度ランキングで茨木県が最下位に返り咲いた?というめでたくも無い報道が新聞に掲載されていました。

折角アンテナショップを全面改装して頑張っているのにと、ささやかな支援を兼ねて「IBARAKI sense」に買い出しに出かけた次第です。

銀座1丁目はなじみのコースで、京橋駅で降りて茨城~高知~👀沖縄を巡ります。これに加えて👀日本橋コースが昔からの定番コースです。

銀座コースでは、時間があれば、山形~広島~福井と足をのばしますが、ここまで行きつくには買出しリックを背負っての買い物になりますよ。

IBARAKI sense
アルファベットで構成された茨城のアンテナショップの店名ですよ。茨木のセンスですかね・・。

▼①→全景.jpg
例の夫人が体験王国いばらぎの女王に就任したとか。「茨城をご存じないなんて!」と茨城県の魅力を伝えしていくとのこと。何かと話題の多いデビ効果に期待したいですね。

▼②→茨木スイーツB.jpg
秋は笠間の栗🌰が有名。入口脇のBARA cafeでは、期間限定の笠間の栗スイーツですよ。

▼⑤*何と何と大行列.jpg
            △満員御礼
何と何と入口は大行列。緊急事態宣言が解除されての本格的な日曜日。ここで入場制限を食らったのは初めてです。何はさておいてもメデタイ事ですよね。


定番の買い出し
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茨城での買い出しはいつも納豆です。納豆コーナーではネバ~ル君がお出迎え。いつもの「そぼろ納豆」に加え、上野に双子パンダが誕生し免疫力UPのコピーにも目がくらみ「パンダ納豆」にも手を出してしまいました。

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お酒を買う予定でしたが、目的のものが無くパス。資金はお隣の👀まるごと高知に流れてしまいました

▼⑧お酒 (4).jpg
赤いフクロウのマークのビールが並んでいたので、面白そうなので1本ゲットです。「常陸野ネストビール」で、茨城県那珂市を拠点とした日本酒の蔵元、木内酒造が製造・販売するクラフトビールで「フクロウのビール」と呼ばれ親しまれているとのこと。

▼⑨特産干しいも.jpg
そのほか店内で目立つのは特産の「干しいも」です。そう言えば昨年クリクリファームで自家製干し芋をつくっていましたね。

▼⑪→季節限定あん肝 2.jpg
併設のレストランでは、これも季節限定の茨城名物「あん肝ラーメン」。様々なメディアに取り上げあられたようですが、最下位転落は免れられなかったようですね。


お家で一献
▼赤フクロウ.jpg
               △赤フクロウの王冠

▼⑮三重奏 (2).jpg
             △アンテナショップの三重奏
茨城の次に高知と沖縄を回ってきました。そんなことで土佐甘とう(ジャンボシシトウ?)の炒め物に沖縄のイカ天をつまみに、常陸野ネストビールで一献でした。

▼⑬→パンダ納豆 (2).jpg
最後は怪しげなパンダ納豆です。分解してみたら、何とわらつとではなく藁を番線ですだれにして納豆を包んでありました。 わらつと納豆の藁から豆をほぐすのを楽しみにしていたのですが裏切られた感でした。

▼⑭→パンダ納豆 (4).jpg
結構お高い納豆でしたが量はわずか。高知の「万能おかず生姜」と混ぜ合わせていただきました。
一方多量に買い求めた「そぼろ納豆」は冷凍保存です。大豆に干し大根が混じっており食べやすく、おつまみにも最適ですよ。

魅力度調査は何のためのどのような方法で実施されているのか分かりませんが、茨城県知事は「ランキング自体が賞味期限切れ。最下位になろうが痛くもかゆくもないと」とのこと。ご立派な心意気ですね。
それにしてもランキングの下方に栃木や群馬、埼玉など関東圏域が多いのは何故ですかね。

秋日和 友を偲んで ホトトギス

新型コロナウイルスのパンデミックが発生してから早いもので2年近くが経過しようとしています。

理由不明な突然の感染者激減により緊急事態宣言が全面解除となり、巷での人の動きが活性化してきました。

そんな秋晴れの日にチョイ足を伸ばしてぶら撮り散歩をしていると光明寺というお寺に遭遇しました。

学生時代からずーっと付き合っていた写友の光明君が亡くなって丁度2年半。彼岸もとうに過ぎましたが、昔を想い起こしお参りしてきたところです。

稲香山・光明寺
▼①→光明寺山門.jpg
真言宗/豊山派 稲香山/光明寺の山門。亡くなった友の名と同じ寺に遭遇しチョイ驚きでした。 

▼②光明寺スマホ.jpg
            ※スマホワイド
👀スペイン旅行の最中に彼の訃報を受けてからすでに2年半。光陰矢の如しとはよく言ったものですね。

▼③光明寺本堂.jpg
           △本堂


境内散策
▼⑥→手洗い.jpg
手水舎の鏡石に御詠歌が刻まれていました。珍しいですよね。
「ますかがみ うつしおこする すがたをば まことにみよの ほとけとぞみる」(増鏡 写し興する 姿をば 真に御代の 仏とぞ見る)

▼⑦参道.jpg
             △参道

▼灯籠.jpg
真新しい感じの灯籠でした。高圧洗浄をしたのですかね・・。

▼⑧大師堂.jpg
           △大師堂
「弘法大師一千百五十年御遠忌報恩塔」が建立されていました。参考までに昭和59年(1984)が弘法大師御遠忌千百五十年記念の年とのこと。


ホトトギス寺
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寺の境内の随所にホトトギスが植えられ、秋の陽光に咲き誇っていました。まさにホトトギス寺と呼んでも良いかも知れません。

▼⑩ホトトギス寺.jpg

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             △シュウメイギク(秋明菊)


青面金剛
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👀路傍学会の学長が追っかけてる青面金剛像が入り口脇に大切に祀られていました。青面金剛の掲載は浦安の👀猫実の庚申塔の青面金剛以来ですかね。

▼⑬青面金剛(光明寺).jpg
何でもショケラ持ちの六臂の剣人像とか。果たして学会長はこの寺を確認しているのかな?と思い、学会のブログを辿ってみたら、何と👀昨年の12月に訪れていました。御立派。

そんなことで秋日和のひと時を光明寺で先に旅立った友を偲んできたところです。それにしても全てが真新しくきれいに整えられており、清々しさを感じる見事なお寺さんでした。

上野の杜今昔・20年前の上野公園

10年ひと昔と言いますが、20年も経過すると都市の様相はだいぶ変わってきます。

上野公園もオリンピック開催に合わせ、JRの公園口が大変貌したようですし、動物園も刻々とその姿を変えているようです。

このコロナ禍のおかげで、写真のフィールドにしていた上野公園にも、もう2年近くご無沙汰しております。

そんなことで、ギャラリー静河のライブラリーを捜してみたら20年ほど前の上野公園の映像が出てきましたので上野の杜の記憶を辿ってみました。

上野の杜の記憶
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先般ブログ商店街の紺野商店から、雑誌「東京人」の最新号で「上野の杜の記憶」を特集しているとの情報提供があったので早々にゲットしてきたところです。


上野公園下の映画街
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何でも戦後すぐの昭和26年(1951)に上野公園の西郷さんある周辺の地下を映画館として使用する許可がおりたとか。そんなことで映画館や上野公園デパートが建設され賑わったとか。

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映画館は2006年に閉館、その後も囲碁センターや古書店が残っていましたが2012年には完全閉館とのこと。

■④→映画街 (3).jpg
写真は2002年の映像で、まだ懐かしい昭和の香りが残る最後の頃です。
現在は上野の森さくらテラスや3153などの飲食街が建設され、昭和の匂いが色濃く残るディープな街は一掃されてしまいました。


竹の台の噴水
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何でも1962年に竹の台噴水テラス沈床芝生が完成したとか。1964東京五輪に向け頑張ったのですかね・・。

■⑥→噴水 (2).jpg
現在は上野恩賜公園グランドデザインに基づく再生整備が進行中で、2012年にリニュアルされた噴水が完成。噴水はチョイ小ぶりになりましたが、逆に👀広いイベント広場が設けられ多くの人で賑わっているとか。


不忍池の畔の変なホテル
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最近「変なホテル」と言うのができて覗いてみたら恐竜ロボットが店番していました。かつて上野公園の不忍池の向こう側にも特異な風貌のホテルが建設されその異様な風景に不評を買っていました。

■⑧→ホテル (2).jpg
ソフィテル東京というホテルで、わずか12年余りで解体されてしまいました。
現在はもっと多くのタワーマンションが建設され、先般の👀浜離宮庭園と同様に、不忍池の借景として林立しています。


上野動物園とこども遊園地≫ 
■⑨→動物園.jpg
20年前は丁度上野動物園120周年だったのですね。

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上野動物園の正門脇にあったレトロな遊園地です。

▼⑪→遊園地B.jpg
戦後すぐの1946年に営業開始した「👀上野こども遊園地」です。これも公園の再整備に伴い消滅。昭和の記憶が上野の杜からまた一つ消え去りました。


公園内の売店
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             △桜木亭
上野動物園の正門脇にあった公園の売店ですね。これも再整備計画に基づき撤去されたようですね。
現在は古い売店が一掃され、スターバックスやパークサイドカフェが並ぶなど小洒落た公園に変貌しつつあるようです。

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             △孤塁を守る
上野東照宮の参道脇にある昭和然とした売店。寛永寺の用地内にあるようで撤去は免れているようですね。カメラマンにとっては懐かしい昭和の写真が撮れる撮影スポットです。文化財的な価値もありかな・・。




ニューフェイス登場≫【蛇足
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           △「うえのん」
2014年に誕生した上野公園のマスコットキャラクター。
上野公園のPRや情報発信など公園の魅力を伝えことがお仕事。花見などイベント開催中には着ぐるみも登場するとか。

マテバシイのキノコと虫食い穴

コンデジカメラ片手にフレイル予防のぶら撮り散歩をしていると、そこかしこで色々なものに遭遇します。

秋のはじめに近所の公園でキノコの大群落を見つけました。松茸なら感涙のところですが食べられるような代物ではありません。名前も不明です。🍄

キノコは全てがマテバシイの周りで発生しており、ここは掃除のオジサンがマデバシイの落ち葉を掃き集めているところですよ。

また幹がドリルで穴が開けられたようなマテバシイにも遭遇です。いったいマテバシイに何が起こっているのですかね・・。

マテバシイのキノコ
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マテバシイの周りの落ち葉からキノコが発生していました。丁度木の幹を中心に円形状に発生ですよ。

▼②→葉っぱの中から.jpg
アカマツ林の松茸のようなもので、人呼んで「マテバシイタケ?」ですかね・・。

▼④→横キノコ AB.jpg
去年は「👀雨の合間のキノコ狩り」で色々なキノコを見かけたのですが、今期はこマテバシイのキノコだけでした。


カビが生えたキノコ
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一方、別の場所ではキノコがカビに取りつかれていました。

▼⑥→カビキノコB.jpg
菌糸の子実体がこんなことになるのですね。

▼⑦→カビキノコC.jpg
厚手の青焼きせんべいのようですよ。


虫食いのマテバシイ
今年はコナラなどナラ類がキクイムシの被害にあって枯れているとか。
新聞によると都内の森林や公園で広葉樹の伝染病の「ナラ枯れ」が広がっているとか。昨年の数倍とか。原因菌を運ぶ虫が活発化しているようですね。

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地上から高さ2m程度までの幹に多くの穴があけられていました。

▼⑨→穴B (5).jpg
せん入孔(虫が幹に入った穴)と呼ぶようです。

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幹や根元には大量の木くず(※フラス)が積もっていいます。これって尋常ではないですよね。

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何でもカシノナガキクイムシと言う甲虫が穴を掘り、卵を産み付けるようですね。この虫が樹木を枯らす原因となる病原菌(※ナラ菌:カビの一種)を運んでいるとのこと。
区役所さんも虫の捕獲を試みているようですがどうなることやら。キノコの発生と虫食いのマテバシイは関連があるのですかね。


どんぐりコロコロ
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子供さんがコナラの実を集めて遊んでいました。マテバシイの実はアクが少なく食用になるようですね。

そんなことで、今年はマテバシイのほかにもコナラが集中的に穴を開けられており、弱った幹にはキノコが発生していました。原因はなんなのですかね? 気象異常ですかね?  コロナ禍の作用ですかね?



貴重な紙松茸≫【蛇足
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ぶら撮り散歩の帰りに松茸入りおこわ弁当を調達してきて、お家で昼吞み一献ですよ。それにしても超薄い紙松茸でした。

深まりゆく秋の木の実

深まりゆく秋と言いたいところですが、10月を過ぎても関東地方でも季節外れの真夏日が記録されるなど、なかなか涼しくなりません。

そんなことで、秋に熱中症では洒落にならないので、涼しい日を選んでカメラ片手にご近所をぶら撮り散歩をしています。

それでも朝夕はめっきり涼しく、秋は少しずつ深まっているようで、まだ紅葉とはいきませんが、公園のあちこちで秋の木の実を見つけることができます。

食べられる果実
果物屋に並ぶような果実が公園の中でも結構見つかります。大概が野鳥に食べられているようですね。

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             △カキ
空に映える柿の色は、いかにも秋の風情を感じさせますよね。去年は👀カラスがカキ取り合戦をしていました。

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             △カラスの仕業

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             △ミカン
チョウの食草にと区役所が公園の一角に植えたようですね。

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             △カリン
カリンは喉に効くというので若い頃はカリンで果実酒を作っていましたが、そう沢山飲めるものではありませんね

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             △ザクロ
彩の国の👀楽園ではジュースを作ったようですが、公園ではカラスやオナガなどの餌になってしまうようですね。

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             △イチョウ
イチョウの実のギンナンです。最近は拾う人も無く、独特の匂いを発しながら朽ち果てています。

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             △ナツメ
食用や生薬として用いられているようですね

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             △ツバキ
ブログで👀早春にツバキ巡りをしてきたところですが、種から椿油などを作っていますよ。子供の頃は量り売りをしていましたね。


赤い木の実
小粒の赤い実のなる木は、秋の小鳥たちが集まってきます。野鳥公園などには好んで植えられているようですね。

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             △アメリカハナミズキ

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             △ピラカンサ
若い頃野鳥誘致林の設計をしたときに、大量に植えた記憶がありますよ。

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             △モッコク
赤いリンゴのような可愛い小さな実をつけます

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             △ヤマボウシ


変わった果実
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             △コブシ
コブシの名の由来は果実の形がでこぼこしていて、子供の握りこぶしのように見えるとの説もあるとのこと。カラスがだいぶ落としていました。

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             △アメリカフウ
ウニのようなトゲトゲした果実をぶら下げています。悪戯で木の又にひっかけてありました。まさか鳥の仕業ではないと思いますよ。

▼⑭→タイサンボク.jpg
             △タイサンボク 
👀6月にブログに掲載した花です。見事な果穂(集合果)ですよね。中には赤橙色の種があるとか。

そんなことで、さしもの残暑も終わりを告げ週末は雨模様で、その後一気に気温が低下するとのこと。いよいよ秋が到来ですね。




おやじの柿料理≫【蛇足
▼⑮→白和え.jpg
「柿食えば・・」で秋は何といっても柿ですね。柿と小松菜で白和えを作ってみました。

落語界のご隠居の柳家小三治が死去

「談志が死んだ(だんしがしんだ)(75歳没)」は有名なフレーズですが、とうとう落語会のご隠居さんもお隠れになりましたね。81歳とか。

今年の3月にNHKTVの「ザ・ヒューマン」でコロナ禍の小三治をレポートしていましたが、チョイ弱っている感じを受けました。

若い頃はオートバイを乗り回しカメラやオーディオなども趣味とのことで、落語よりそちらの方に興味が引かれていました。

小三治の落語はライブではそんなに聴いていませんし、映像やサインも無いのですが、何とか手持ちの資料で遠い昔を偲んでみたいと思います。

ザ・ヒューマン
手持ちの唯一の映像です。小三治81歳。

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▼tVAb.jpg
       ※出展:NHKTVより

「落語界の至宝」柳家小三治はコロナ禍をどう過ごしていたのか。密着ドキュメンタリーでした。


にっかん飛切落語会
20代の後半から30代前半にかけてはよく落語会に通っていました。
会社が有楽町でしたので、特に多かったのがイイノホールの「にっかん飛切落語会」でした。

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           △演目「猫の災難」(1979)

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           △演目「長短」(1980)

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           △演目「小言念仏」(1980)

リタイアしてから断捨離気分で昔の落語のチラシなどは処分してしまい、かろうじて残っていたのがプログラムと入場券でした。断捨離なんぞはするもんではありませんね。


ほかの落語会
にっかん飛切落語会のほかには新宿の紀伊国屋寄席と渋谷の東横落語会にもよく足を運んでいました。

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           △演目「睨み返し」(1979)

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           △演目「宿屋の富」(1980)

チラシなど
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「小三治・圓窓二人会」安田生命ホール。演目は「子ほめ」「宿屋の仇討」。小三治は人間国宝でしたが、紫綬褒章を受章した五街道雲助が若いですね。いまではもう73歳とか。

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江戸川落語会では当時の売れっ子スターの揃い踏み「落語三夜」です。63歳で亡くなった古今亭志ん朝もまだ元気な頃ですよ。


小三治の似顔絵
▼⑩→雑誌 古参(S57).jpg
この頃、季刊誌「落語」が創刊(1979・夏)されています。表紙は山藤章二氏の著名な落語家の似顔絵です。第11号(1982・冬)は小三治ですが、これは日暮氏画でした。丁度厄払いをおえた43歳で脂が乗っている頃ですよ。




昭和の名人:三遊亭円生≫【蛇足
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第168回紀伊国屋寄席「古典落語をきく会」(1978)。
紀伊国屋寄席は名人上手が数多く出演し、この日は志ん朝の兄貴の金原亭馬生や彦六となった先代の林家正蔵。小三治の師匠で人間国宝の柳家小さんやトリは三遊亭円生です。

▼⑪→雑誌 円生(S55).jpg
昭和の名人とうたわれた円生が亡くなった時は、たまたま上野動物園のパンダ(ランラン)が死んだ日と重なり、全国紙の扱いがパンダが一番で円生が二番。落語界の後の語り草になっています・・。