令和元年の〆は加藤登紀子のほろ酔いコンサート

令和元年の暮れは毎年恒例となった加藤登紀子のほろ酔いコンサートで締めくくりました。

一昨年までは有楽町の読売ホールでしたが、今回は古巣の日劇に里帰りし、有楽町マリオンのヒューリックホール東京での開催です。

お登紀さんのほろ酔いコンサートはギャラリー静河の暮れの恒例行事になっていますよ。

ほろ酔いコンサート
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         △プログラム
ほろ酔いコンサートは1971年に日劇でスタートし、今回で47回目とか。出産で2回休んだので、連続していれば49回とのこと。

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チラシの肖像画はお登紀さん自作の油絵とか。

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         △建て替え前の日劇

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         △ロビーの俯瞰
ロビーは振る舞い酒やペシャワール会の募金活動、鴨川自然王国の物販などで開演前から賑わっていました。


大関の振る舞い酒
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いつもの大関酒造から菰樽が提供。ロビーで振舞い酒をいただきほろ酔い気分でコンサートに突入ですよ。

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いくら飲んでもOKとか・・。 遠慮してチョイ呑みですが、これがほろ酔いコンサートの楽しみですよ。

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準備万端でつまみにサバ寿司を持参です(上)。 また粋な計らいで、今回は会場持込OKとかで、1杯だけ持ち込みました。 


御祝の花籠
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いつもの常連の方からお祝いの花が届いていました。
今回は寺島実郎氏からも。どんな関係なのですかね・・。


ペシャワール会の募金
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登紀子さんが支援するペシャワール会が毎回ブースを出しています。

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         △ペシャワール会の募金
先般、テロの凶弾に倒れ非業の死を遂げた中村哲医師のお別れの会が2月に開催されるとか。


鴨川自然王国
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お登紀さんの娘夫婦が運営する有機無農薬栽培などの営農実践法人。毎回ブースを出し、自家製の味噌、米などを販売しています。

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鴨川自然王国産の☛「手前味噌」も販売していましたが、今回は「山郷のうどん」を購入。なんでも鴨川自然王国で育てた自家製小麦100%とのこと。


コンサートの気分
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一昨年は☛最前列で握手をしていただいたところですが、今回も前から6列目と好位置の座席でしたが、通路際でないので握手は諦めですよ。

公演中の舞台撮影はご法度なので、過去の映像(2017)で気分だけもイメージしてみてください。
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        ※登紀子倶楽部通信75号より
一部、二部、&アンコールの3部構成で、歌におしゃべりに、時には酒を飲み、時には舞台から降りて歌い継いでいきます。
「Never Give Up Tomorrow」でスタートし、オーラスは「富士山だ」でした。

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男達との出会いの話では、森繁久弥の「知床旅情」が千歳船橋の駅音楽になったとか。居酒屋兆次では高倉健の女房で出演したとかで「時代遅れの酒場」。石原裕次郎には「わが人生に悔い無し」の歌をプレゼントしたとか。


お宝お土産
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ファン倶楽部の継続申請で抽選会があり、何とお登紀さんの色紙が当たりました。「こいつぁ~春から縁起が良いや~・・」ですよ。

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継続のお祝いに登紀子印「」のカップもいただきました。 折角なのでCDセットを購入してしまいました。こちらにもサインをいただきました。

そんなことで昨年の暮れもほろ酔いコンサートを満喫してきた次第です。
何でも2日前には人生の第四楽章に入ったとかで、「人生は第四楽章が大切、フィナーレが大切、(冥土)そう遠くはないがおもしろく生きる、100歳まで頑張る」とのことでした。

それにしても、ほろ酔いコンサートの最中に密かに日産の前会長のカルロス・ゴーン会長のレバノン逃亡劇が始まっていたとは驚きですよね。




大関で年越しうどん≫【蛇足
早め目の年越し蕎麦を光が丘美術館の桔梗家で食べてきたところですが、〆の年越し蕎麦は鴨川王国の山郷のうどんでした。

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令和元年の〆のおやじの料理は鴨川王国の年越しうどんでした。

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大晦日は毎回振舞い酒を提供してくれる大関㈱に感謝し、登紀子印の盃で人生に乾杯でした。