木曽路11宿は奈良井宿から

先般の ☛松本の旧家の巨木診断調査にかこつけ、せっかくの信州なので、寄り道して松本から近い、木曽路の奈良井宿を訪ねてみました。

塩尻駅で下車し、レンタカーで木曽路を奈良井宿までドライブでした。

何でも中仙道の木曽路には11の宿があり奈良井宿は二番目で、往時は街道一の賑わいをみせたとのこと。

塩尻駅
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 塩尻駅は学生時代以来です。その頃はまだ国鉄で、木曽路にはSLも走っていた気がしています。 就職してからは、信州方面は中央道を利用でJRとは無縁でした。


贄川の関所
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 木曽11宿の第一番目が贄川宿。木曽路の北の玄関口で、贄川関所が復元されていたので立ち寄ってきました。
東海道は川止めなどで日程が不規則。そんなことで中山道を利用する人も多かったとかで、皇女和宮も幕府に嫁ぐ際は中仙道経由とか。


贄川のトチの巨木
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 今回は松本の旧家のカツラの巨樹の調査。そんなことで長野県の天然記念物にもなっている贄川のトチの巨木を見聞してきました。

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 推定樹齢はおよそ千年という巨樹で見事なものでた。 しかし残念なことに、太い幹から大きなキノコが出ていました。


頑張れ御嶽海
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近傍に道の駅があったのでチョイ立ち寄りです。地元名産の漆器製品がそこかしこ。
 また、先般の大相撲で御嶽海が優勝を飾りましたが、出身が木曽路は六番目の上松宿とかで、この道の駅でも御嶽海の応援コーナーが設置されていました。


奈良井宿見聞録
 木曽の11の宿のうち、中でも奈良井宿は難所と呼ばれた鳥居峠を控え、街道を行く旅人でにぎわい栄えたとのことです。
『杉玉を掲げた酒屋、軒灯りの旅籠、千本格子の家々が軒を連ね、そのにぎわいは「奈良井千軒」といわれたほどだった』とのこと。

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       △宿場通景

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       △旅籠「伊勢屋」
中仙道徒歩の旅のポン太、ポン子夫妻が宿泊した宿のようですね。

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       △休憩処「駒屋」
チョイ休憩して五平餅とだんごをいただいてきました。

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 夫婦で営む五平餅とだんごの店。ご主人の実家とのこと。ご夫婦ともおじさん世代で、話が弾みました。

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 三色五平餅は「さんしょうみそ、えごま、くろごま」のたれ。美味しかったですよ。

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       △珈琲店開店
旧家を活用し珈琲店が新装オープン。五平餅の駒屋さんからも祝いの花が届いております

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 箸と櫛を製作販売している「お六ぐし」の店。

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 同行のO君が、高級マイ箸を購入したので箸職人さんとツーショットです。

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 奈良井の宿には多くの水場がありました。江戸期の高札の横の水場で、3人旅の記念写真です。

そんなことで、チョイ寄り道して、木曽路の奈良井宿で江戸の宿場町気分を味わってきた次第です。


ところで、今日9月27日は、2014年(平成26)に御嶽山が噴火し、戦後最悪の火山災害から5年目です。また1979年(昭和54)10 月には、剣ヶ峰で水蒸気爆発を起こしており、この時は友人が御嶽山地域に勤務しており、後に噴火の苦労話しを聞かされました。 
学生時代は木曽でアルバイトもしており、そんなことで木曽路は懐かしくも、何かと気になる地域になっています。




中仙道徒歩の旅≫【参考】 Photo byポン太
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       △「これより南木曽路」の碑
高校の同級生で浅間山麓で別荘暮らしをしているポン太君が、2017年に中山道を踏破しており、その詳細が彼のブログの「浅間山麓ブラタヌキ」に掲載されております。
奈良井宿の様子は、☛ 「いよいよ木曽路へ、奈良井宿へ」(2017-10-19日)に掲載されております。


野尻の宿でアルバイト≫【蛇足
木曽11宿の八番目が野尻宿。
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 学生の頃、仲間と営林署のアルバイトで野尻宿に泊り込んで、木曽の山林調査を3週間ほど行ったことがあります。 3食付でしたが、大飯を食らいすぎ、超過追加料金を請求されました・・。