スペイン旅 (5) コルドバのメスキータとユダヤ人街

先般はギャラリー静河を臨時休業し、久々のヨーロッパ旅行で ☛ スペインに行ってきました

コルドバはマドリッドの南400km程に位置し、セビーリャ、マラガに次ぐアンダルシア第3の都市とか。

世界遺産で、「紀元前2世紀、ローマ帝国の植民地から発展し、8世紀半ばから11世紀初めはイスラム王朝、後ウマイヤ朝時代の都として栄華を極めた古都」とのこと。
「地中海貿易を押さえ、学問・芸術の中心地として世界に名を馳せた」そうです。

そんなコルドバの旧市街を見聞してきました。 

ローマ橋
朝の散歩でローマ橋を見聞して、この日の観光がスタートです。

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コルドバの歴史地区の中心部を流れるクアダルキビール川に架かる橋で、最初の橋は 1 世紀のアウグストゥス帝の時代にローマ人によって造られたとのこと。

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橋の向こうに、この日のメイン観光のメスキータ(右側)が望まれます。

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橋を渡ってサイクリングで観光のようですよ。


メスキータを見聞
メスキータとはスペイン語でイスラム教寺院のこと。
最初の建物は785年に建造、その後3回の増築を経て、数万人を収容できるモスクになったとか。
13世紀のキリスト教統治時代には、内部にカテドラルが造られ、イスラム教とキリスト教が共存する珍しい建物になったそうです。

ミフラーブ
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メッカの方角を示す壁のくぼみで、この前でアラーに祈りを捧げたとのこと。

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ミフラーブの前の豪華なドーム天井。961年の2回目の増築の際に造られたようです。
この頃は、コルドバは世界有数、ヨーロッパでは最大の街だったようで「その権勢が伝わる豪華さ!」とのこと。

円柱の森
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メスキータが建立された頃は、まだ大きな天井を支える技術がなかったので、1000本もの柱で支えたとのこと。

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大理石とくさび形の赤レンガを交互に組み合わせた二重アーチ。柱はローマ時代の神殿やキリスト教の教会から転用されたものだそうです。

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               △塞がれた入り口
本来モスク内部は明るかったようですが、コルドバを奪回したカトリック教徒により入り口がすべて塞がれてしまったとか。

カテドラル
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1236年にキリスト教徒がコルドバを奪回すると、メスキータはキリスト教の礼拝堂として使われ始め、16世紀には内部には大聖堂が建設されたとのこと。
工事のため、円柱がだいぶ撤去されたようですね。

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それにしても、イスラムの教会を破壊せずにキリスト教の教会として活用するとは御立派ですよね。今は聖マリア大聖堂と呼ぶようですね。


メスキータの外部空間
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ミナレットと呼ばれる尖塔。中庭にはオレンジが植えられていました。

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メスキータの周囲は、10m程度の高い塀で囲われており、社会見学と思しき学生が昼食中。

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翌日から始まるセマナ・サンタ(聖週間)の山車を見る桟敷席が設けられていました。有料のようですね。

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               △祭りの山車
メスキータの内部には豪華な山車が準備されていました。
山車が街中を練り歩く様子はバルセロナでチョイ見られましたよ。 


ユダヤ人街散策
コルドバの経済を支えていたユダヤ人だが、キリスト教徒によるスペイン奪回により、1492年にユダヤ人追放令が出され姿を消したという。

花の小道
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白壁の町並みが続き、壁には花の小鉢が飾られ彩を添えていました。

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メスキータの尖塔が見える撮影スポットです。

中庭
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昔の邸宅が残されており当時の雰囲気が再現されている。

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               △中庭のギター弾き


中央広場
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              △観光客
街の小さな広場ですが、観光客の一団が興じていました。


そんなことで、栄華を謳歌したイスラム時代の遺構を垣間見てきた次第です。


この記事へのコメント

konkon
2019年05月07日 14:51
静河さん、スペイン悦です。
ヨーロッパの繁栄した都市なんですね。人が少ないです。
浅草のような人混みがなんなんですかね。
静河
2019年05月08日 00:48
ローマ帝国もたいしたものですが、イスラム王朝も相当な実力派ですよ。
異なる宗教が国を支配する概念は分りませんが、民族が交じり合って交代しながら国を形成してきた歴史は興味がありますね。

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