舟木一夫はやっぱし時代の寵児だった

早いもので今日から弥生の3月です。平成も残り僅かで、昭和はますます遠くなりにけりですね・・。 

その昭和の世に、一世を風靡したのが舟木一夫ですよ。

昨年、時代を敏感に捉えていた写真家・富山治夫の写真展 「現代語感」を観に行きました。

その展示作品に何と若い頃の「舟木一夫刈り」の若者達の写真が掲載してありましたよ。

皆さん舟木一夫の真似
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               △「余剰」1965年3月 ※写真集 「現代語感」より
1965年3月14日号の「朝日ジャーナル」掲載された写真です。面接か何にかの写真のようで、皆さん舟木一夫の髪型を真似ています。

写真家は鋭い感覚で、見事に時代の気分をとらえていました。舟木一夫が時代の寵児であった瞬間ですよ。


デビュー当時の舟木の髪型
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1963年(S38)6月 「高校三年生」でデビュー。瞬く間に世間の脚光を浴びていきましたよ。

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              △デビュー当時の舟木
浅草で購入したマルベル堂のブロマイドです。この髪型が流行ったようですね。

富山治夫は第一線の写真家として著名で、学生時代には彼の写真はよく見ていましたが、この舟木一夫の髪型の写真は知りませんでした。

事程左様にやっぱし舟木一夫は時代の寵児として、この時代に大きな影響を及ぼしていたようですね。


まだまだ頑張る
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              △浮舟1号(S39年8月)
舟木一夫の後援会の会報第1号ですよ。 爾来、半世紀を超え、今年の2019年1月号でNO622号とのことですよ。

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               △還暦の赤詰襟
加藤登紀子が暮れに ☛ 3回目の25歳の誕生日を祝いました。舟木氏も今年で何と後期高齢者の仲間入り。
それでも、一昨年は55周年記念の ☛ 忠臣蔵を新橋演舞場で公演するなど、驚異の若さで現役続行中ですよ。




富山治夫の写真展≫【参考
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               △写真展
『日本の針路を決める転換期であり1960年代。週刊誌の創設ブームが起こり、ジャーナリズムが全盛を極めた当時、現場の第一線で活躍していた写真家の一人が富山治夫です。』  ※写真展チラシより

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             △「過密」1964年(S39)9月13日号
『「朝日ジャーナル」誌で「現代語感」の連載がスタートしたのは、その最中である1964年、「過密」というテーマからでした。』 ※写真展チラシより

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               △「許容」1965年(S40) ※写真集 「現代語感」より

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               △「賢人」1965年(S40) ※写真集 「現代語感」より
この写真は印象的な写真で、「過密」とともに富山氏の作品としてインプットされていました。




巨大ノコギリのモニュメント≫【蛇足】 
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平成7年の「月間現代」に掲載された新木場駅前のモニュメント写真です。
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            △「活断層」(1995-4)※写真集 「現代語感」より
これは写真集の「現代語感」に掲載してあり、今回、写真集を見てその存在を知った次第です。

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この大挽き鋸のモニュメントは、知人のHM君がデザイン設計しており、たまたま若い頃、工事現場を撮影していました。

この記事へのコメント

konkon
2019年03月01日 14:39
静河さん、もうすぐ改元です。
舟木一夫先生も新しい時代を迎え、益々の活躍をお祈りします。時代を超越するのがスターです。スターは時代に負けません。
ひょうたんなまず
2019年03月01日 21:40
久しぶりに牧太さんのノコギリ見ました。イメージがそのまま駅前にできてしまう。なんと自由な時代だったでしょう!
静河
2019年03月02日 00:03
konkonさん絵
加藤登紀子にしろ、舟木一夫にしろ、後期高齢者で現役続行中です。還暦でリタイヤおじさんとは次元が違いますね。万年青年のパワーをもらい、後を追いかけて行きますよ。
静河
2019年03月02日 00:08
なまずさん絵
月間現代にノコギリの写真が掲載されていたのは、昨年まで知りませんでした。牧太君の作品はジャーナリストの写真家に何か訴えるものがあったのですね。

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